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名古屋地方裁判所 昭和42年(行ウ)59号 判決

愛知県知多郡知多町岡田西峯二一番地

原告

竹内保昌

右訴訟代理人弁護士

石川康之

藤井繁

右石川代理人訴訟復代理人弁護士

成瀬欽哉

同県半田市堀崎町一丁目五三番地

被告

半田税務署長

鈴木俊郎

右指定代理人

松崎康夫

山田厳

長谷正二

田中利刀

酒井常雄

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

(原告)

「一、被告が、原告の昭和三九年分所得税につき、同四〇年八月一二日付で更正し、同四二年六月二七日付審査裁決により一部取消された総所得金額を七二二、一一一円とする更正処分のうち、三九一、〇五二円をこえる部分を取消す。二、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。

(被告)

主文同旨の判決。

第二、当事者の主張

(請求の原因)

一、原告は昭和三九年分所得税につき、同四〇年三月一五日、被告に対し別表(一)(課税処分表)「確定申告額」欄記載のとおり確定申告をした。

二、被告は原告の右申告につき、別表(一)「更正額」欄記載のとおり更正処分をし、昭和四〇年八月一二日付原告に通知した。

三、原告は右処分につき、昭和四〇年八月二〇日、被告に対し異議申立をしたが、被告はこれを棄却する決定をし、同年一一月一七日付原告に通知した。

四、原告は右決定につき、昭和四〇年一一月二九日、名古屋国税局長に対し審査請求をしたところ、同局長は被告のした更正処分に一部誤りがあることを認め、別表(一)「裁決額」欄記載のとおり右処分の一部を取消す裁決をし、同四二年六月二七日付原告に通知した。

五、しかし、本件更正処分は別表(一)「確定申告額」欄記載の額をこえる部分につき違法であるから、右部分は取消されるべきである。

(請求原因に対する認否)

請求原因一ないし四の事実を認める。

(被告の主張)

一、原告は、本件係争年当時被告所轄管内で洋品雑貨、化粧品および日用品雑貨の小売業を営んでいた。

二、1. 被告は原告につき、昭和四〇年七月ころから係員に調査させたが、原告が売上金額計算の基礎とした金銭出納帳の記載内容につき、その信頼性を疑わせる次の事実が判明した。

(一) 右金銭出納帳の日々の売上入金額・売掛入金額に関する記載は、原告の店舗で常時利用しているレジスターの昭和三九年分の記録(保存されていない四ないし六月分を除く九ケ月分)と照合すると、同年一一月一七日以降分を除いて、そのほとんどが符合せず、また、取引についての記載が不正確であることに起因する現金過不足がしばしば生じ、従つて右記載の全体について真実のものとは認められないこと。

(二) 本件金銭出納帳に訴外早川信雄からの借入れ関係につき、「昭和三九年一月三一日一〇万円借入、同年二月六日同返済、同月二八日一〇万円借入」との記載があるが右借入れの事実がないこと。

なお、その後右の各借入れは原告の義兄訴外竹内唱からの借入れである旨主張をかえ、同訴外人も被告に対しその旨申立てたが、同訴外人の同四一年分の帳簿(同三九・四〇年分の帳簿の保存はない。)によると、原告に対する同四〇年一二月三一日現在の貸付金残高は四万円であり、一方原告の帳望には同日現在の右訴外人からの借入金残高は一四万円と記載されていることからみて、原告の右主張もまた虚偽である。

(三) 右金銭出納帳には、現金の出入を記録すべき性格上絶対ありえない残高が赤字となる日があること。

2. 従つて原告の本件金銭出納帳は、一切の取引関係を正確かつ継続的に記録するものとは到底認められず、その内容に信憑性がないから、かかる帳簿のみを基礎に原告の昭和三九年分の売上金額の実額を計算し確定することはできず、かつ、他にこれに代る資料の獲得につき原告の十分な協力もえられなかつたため、被告はやむをえず、可能なかぎり資料を収集したうえ推計により原告の同年分の売上金額を算定したものであり、かかる推計による本件課税は当然許容すべきである。

三、推計による本件所得金額算定の根拠は次のとおりである。

1. 総収入金額 七、八九八、一三九円((一)+(二))

(一) 売上金額 七、八〇一、四七三円((1)+(2))

原告取扱商品を「タバコ」と「タバコ以外の商品」に区分し、それぞれの売上原価に売買差益率を適用してそれぞれの売上金額を算定した。

(1) タバコの売上金額

二、〇五七、五五七円〔イ÷(1-0.0932)〕

イ、売上原価 一、八六五、七九〇円

ロ、売買差益率 九・三二パーセント

(2) タバコ以外の商品の売上金額

五、七四三、九一六円〔イ÷(1-0.2819)〕

イ、売上原価 四、一二四、七〇六円(a+b-c)

a、期首商品たな卸高一、四三六、三四三円

b、仕入金額 四、四九三、〇五五円

c、期末商品たな卸高一、八〇四、六九二円

ロ、売買差益率

原告作成の昭和三九年末たな卸現在高明細書に記載された総売上価額と総仕入価額(判読できないものを除く。)とを基礎に次の算式により算定した。

〈省略〉

(二) 雑収入金額 九六、六六六円

2. 必要経費 六、九三九、七一一円((一)+(二))

(一) 売上原価 六、〇〇〇、八九五円

明細は別表(二)(売上原価明細表)「被告主張額」欄記載のとおり。

(二) その他の経費 九三八、八一六円

内訳は別表(三)(その他の経費内訳表)記載のとおり。

3 営業所得金額 九五八、四二八円(1-2)

従つて、右所得金額の範囲内でなされた本件更正処分は適法である。

(被告の主張に対する認否および原告の主張)

一、被告の主張一、同二1の(二)の事実中、本件金銭出納帳記載の訴外早川からの借入れについてはその事実がないこと、同二1の(三)の事実中、本件金銭出納帳上残高が赤字となる日があること、同三の各項目中、タバコの売上金額、タバコ以外の商品の期首・期末各たな卸高、雑収入金額、その他の経費は各認めるが、その余の事実および項目は否認する。

二、1. 本件金銭出納帳の記載レジスター記録とが符合しない点があるとしても、レジスターの打ち忘れ・打ち間違いも考えられ、また現金の過不足も現金商売では日常応々生じうることであつて、原告は日々の売上・支払と現金とを照合して金銭出納帳に記載していたものであるから、右金銭出納帳は全体として真実を表示したものである。

なお、四ないし六月分のレジスター記録の保存がないことは認めるが、右記録の記帳義務はないから、右保存がないこと自体は推計課税を許容する事情とはなりえない。

2. 金銭出納帳記載の借入金一〇万円は訴外竹内唱からのものであり、同訴外人の帳簿にその計上がないとしてもつけ忘れ等も考えうるのであつて、ただちに原告の右主張が虚偽であるというのは不当である。

3. 金銭出納帳上赤字が生ずることは正常ではないが、右赤字の生じた日は年中わずか四回のみであり、このことは原告の記帳がその大筋において正しいものであることを示しており、また、原告のような小規模な零細小売業者では時に家計費との混同が生じ、一時的短期的に家計上の現金を店に入れ、後にこれを引き上げ、その時点で帳簿にこれを記入しないで放置するなどのこともあつて帳簿上赤字となることもあるのである。

4. 従つて、本件金銭出納帳がレジスター記録と符号しないこと、右金銭出納帳上の赤字や現金の過不足の発生から、直ちに右金銭出納帳の記載が誤りとはいえず、とくに全体として信頼できないものとはいえないから、誤りがあれば当該誤り部分のみが否認さるべきであつて、その全体の記載を否認して推計により計算することは許容されない。

三、1. タバコ以外の商品の売買差益率についての被告主張中総売上価額・総仕入価額は認めるが昭和三九年末たな卸現在高明細書記載の売上価額は期末現在の原告の販売希望価額であり、値くずれ、値引きなどにより、右記載価額以下で販売することもあることを無視していること、差益率の異なる商品の販売量を考慮していないことなどを併せ考えれば、前記売買差益率の推定は全く事実に合致しない過大なものである。

2. 必要経費中の売上原価の明細については、別表(二)(売上原価明細表)「原告の認否」欄記載のとおり認否する。

第三、証拠

(原告)

甲第一ないし第八号証を提出し、証人竹内唱の証言を援用し、乙第三号証の二の成立を認め、その余の乙各号証の成立は不知である。

(被告)

乙第一、第二号証、同第三号証の一、二、同第四ないし第七号証を提出し、証入坪川勉、同今井英二の各証言を援用し、甲第八号証の成立を認め、その余の甲各号証の成立は不知である。

理由

一、原告は、本件係争年(昭和三九年)当時、被告所轄管内で洋品雑貨、化粧品および日用品雑貨の小売業を営んでいたこと、および原告主張の経緯で本件更正処分がなされたことは当事者間に争いがない。

二、成立に争いのない甲第八号証、証人今井英二の証言により真正に成立したものと認めることができる乙第七号証、同証人の証言を総合すると、本件審査請求における調査の段階で原告の提示した金銭出納帳は、昭和三九年分売上金額につき、原告営業のA店、B店に区分して日々記載されていたこと、A店にはレジスターが備えられレジスター記録が作成されていたこと、右レジスター記録記載のA店売上額と右金銭出納帳記載のA店売上額(「売上A」と記載されている。)とを、また、右レジスター記録記載の「掛入」(掛売入金)額を同記録記載のA店売上額に加算した額と右出納帳の掛売入金額を同出納帳記載のA店売上額に加算した額とを、それぞれ比較照合したところ、右レジスター記録が保存されていない同年四月ないし六月分および同年一一月一七日以降分を除いた他の日付分のほとんどすべてが相違し符合しない(右出納帳の記載額の方が多い場合と少ない場合とがある。なお、月毎に照合しても、例えば、同年一月分については右レジスター記録記載のA店売上額の同月分総額は三〇三、八八一円、右出納帳記載の分は一八一、六一七円〔但し、一月三一日付売上一〇、八〇〇円を除く。〕、同年二月分については、右レジスター記録記載の分は三〇四、八二二円、右出納帳記載の分は一七五、三三四円〔但し、二月二九日付売上一一、六〇〇円を除く。〕となり、一月・二月の月別売上総額においても符合せず、他の月の売上総額についても符合しない。)ことをそれぞれ認めることができ、右認定に反する証拠はない。

また本件金銭出納帳記載の訴外早川信雄からの借入れ関係についてはその事実がないことおよび原告において家計費との混同により、一時的に家計上の現金を店に入れ後にこれを引き上げ、その時点で右出納帳に記入することなく放置することがあつたため右出納帳上残高が赤字となる日が生じたことはそれぞれ原告の自認するところで、これらの事実と前記認定の事実とを総合すれば、原告の本件金銭出納帳が取引関係を正確に記録しているものということができず、かつ、前記不符合の量、程度から考えて右出納帳全体が信頼できないものというべきであり、他にこれに代る帳簿等の資料が提示されていないことは格別原告も争つていないから、被告において原告提示の右出納帳にのみ基づき本件係争年分の売上金額の実額を把握し計算することはできない状況にあつたものといわざるをえない。従つて被告が原告の売上金額を推計により算定したことは許容すべきである。

ところで、原告は、前記不符合はレジスターの打ち忘れ・打ち間違いによる旨主張するが、この点の具体的な主張立証はなく、また、多少の不符合、現金の過不足、赤字の日の発生、家計費との混同等があつたとしても、本件金銭出納帳全体が信頼できないものなるものではないと主張するが、前記認定のとおり右出納帳の不符合、不正確は、その信頼性を全体的に失わせるに十分であるから右主張は理由がない。なお、原告は右出納帳における訴外早川信雄からの前記借入れ関係の記載に関し右は訴外竹内唱からの貸借であり、同人の帳簿にその計上がないとしてもつけ忘れ等も考えられると主張し、右主張に沿うような前掲証人竹内唱の証言があるが、同証人のその余の証言部分によれば、同人は昭和三八年ころ原告が家を建てる際に貸付けた一〇万円について記憶するのみで、他の金銭の貸借については記憶があいまいで混同しているふしもうかがえ、かつ証人今井英二の証言により真正に成立したものと認めることができる乙第五、第六号証、同証人の証言に照らしても、前記証言はたやすく措信し難いので、先の認定を覆えし、原告の右主張を認めることはできない。

三、被告主張中三記載の本件所得金額の算定根拠のうちタバコ以外の商品の売買差益率および売上原価を除き、その余の項目はすべて当事者間に争いがない。

そこで判断するに、売上原価・売買差益率をもとに売上金額を算定するいわゆる比率法は、右売買差益率算出の基礎となる資料の数額が正確であれば合理的な推計方法というべきであるところ、本件売買差益率算出の基礎資料となつた原告作成の昭和三九年分たな卸現在高明細書記載による総売上価額二、〇八〇、三一五円、総仕入価額(判読できないものを除く。)一、四九三、七七二円についてその数額は当事者間に争いのないところであり、他方、右売上価額が原告の販売希望価額であるかどうか、商品にどの程度の値くずれ・値引きがあるか等については具体的な主張立証がなく、また、商品別による売買差益率の違いも考えられないではないが、原告の自陳する原告程度の小売商店については、取扱商品たる化粧品・洋品雑貨・日用品雑貨等の商品を格別区別することなく一括して売買差益率を算定することは、必らずしも不当とはいえない。従つて、被告主張のタバコ以外の商品の売買差益率は

〈省略〉

として算出することができる。従つて、タバコ以外の商品の売上金額は五、七四三、九一六円と計算することができる。

四、証人坪川勉の証言により真正に成立したものと認めることができる乙第一、第二号証、同証人の証言によれば、別表(二)記載売上原価の明細のうち、当事者間争いのあるカネボウ愛知化粧品販売株式会社からの仕入金額は一、六一八、五二〇円であると認めることができ、右認定に反する証拠はない。従つて、原告の売上原価は別表(二)記載のとおり六、〇〇〇、八九五円となる。

五、以上の次第で、原告の本件係争年分の営業所得金額は右六、〇〇〇、八九五円および当事者間争いないその他の経費九三八、八一六円を右認定にかかるタバコ以外の商品の売上金額五、七四三、九一六円、当事者間争いないタバコの売上金額二、〇五七、五五七円および同じく雑収入金額九六、六六六円の合計より控除した九五八、四二八円ということができるから、右範囲内である七二二、一一一円を総所得金額としてなした被告の本件更正処分は適法である。

六、よつて、原告の本措請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担については、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山田義光 裁判官 下方元子 裁判官 樋口直)

別表 (一)

課税処分表

〈省略〉

別表 (二)

売上原価明細表

〈省略〉

別表 (三) その他の経費内訳表

〈省略〉

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